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桃山時代晩期に美濃古窯で作られた絵志野茶碗の優品で、裏千家又妙斎書付箱「銘 春栄」に納まる。
百草土を轆轤水挽成形で挽上げ胴部中央を絞り、気持ち沓形に整えた口縁を浅く山道に削り、やや腰高で古格のある桃山期絵志野茶碗である。


茶碗胴部には垣根文と網干文をくっきりと描がき、厚く上掛けされた長石釉は良く溶けて、しかも柔らかく志野特有の焼き上がりを見せている。
描かれた絵模様とともに所々に火色が見られ、また口縁の火色越しに見える広くて深い茶溜りのある見込など誠に趣き深い。


器体底部は古い形の削り出し二重高台になっている。本茶碗は掌にピッタリと収まる手取りの良さと、大らかさの中に格調高く、古格と気品のある古絵志野茶碗である。

 

【参考】裏千家十二世 又妙斎玄室(1852~1917)
京都の名家、角倉家に生まれ二十歳で裏千家の養子となり、玄室と称す。
妻は玄々斎の長女猶鹿子(1850~1916)、猶鹿子はのちに真精院と名乗って、女学校の茶儀科や京都在住の各宮家、旧公家などに茶道を指南、(裏千家に女性弟子が多いのはこの事による) 又妙斎は明治四年(1871)九月、家元を継承したが、同十八年十月二十五日、三十四歳で家督を長男駒吉(円能斎)に譲り、山崎妙喜庵に隠退、その後も茶道の振興に努めた。
大正六年十二月八日 六十五歳で堺の寓居に没。号は直叟・幽軒
好みの茶道具に、舟香合・住吉釜・老松棗・文箱形煙草盆など

 

【参考】能楽曲目「春栄」しゅんえい
増尾種直は、宇治橋の合戦で虜囚となった弟春栄と共に死ぬことを願うが、鎌倉より赦免が下り、兄は喜びの舞を舞う。
中世武士の兄弟愛を題材とした能楽。

古志野垣根網干文茶碗「銘 春栄」

¥1,000,000価格
  • 時代        桃山~江戸初期
    口径        12.5x13.0cm
    高さ        7.7cm
    高台径        5.8cm
    付属品        塗外二重箱・時代布仕覆・更紗包布
    その他        内箱(裏千家十二世又妙斎書付箱)

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