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黒織部茶碗の伝世品は数多くあるが、赤地に緑釉を掛けたこの種の茶碗は比較的少ない。
赤味が鮮やかなためか、この手のものを赤織部ということもある。
 
口作りを厚く梯形にし、緑帯状に巡らせたやや浅目の沓茶碗で、高台は小振りでやや粗く削り出されている。また茶碗底面も同じ様な粗目のタッチで整えられている。
器の素地は赤味をおびた土で、胴の一方に桃山時代末当時流行の水車文を鉄絵線描きに白絵を加えてあらわし、器内面と外側腰下周りまで長石釉を掛け、口縁周り内外には緑の胆パン釉を掛けている。
胆パン釉は一部なだれを見せて景色をなし、赤地に白の水車の絵、そして緑釉の緑と、古美濃の茶碗の中でも釉膚が柔らかく豊かな色感の中に古格があり、趣き深い古織部茶碗である。 
 
【参考】織部焼
織部焼という呼称は今更の事であるが、利休の歿後天下第一の茶人として活躍した古田織部重然に因んだもので、古田織部の好みという言い伝えによっている。
しかも、織部焼と古田織部とが実際にどの様な繋がりを持ち、彼がとすれば如何様に行われたものか、その間の消息を伝える確な資料は今迄のところ見聞していない。
古田織部が茶人として活躍したのは、天正年間後期から元和元年(1615)に没するまでのおよそ三十年間であったが、当時の主要な茶会記に織部焼という言葉は見当たらないので、恐らく江戸時代に入ってから織部殿のお好みという言い伝えによって次第に人々の間に広まっていったものと思われる。
 
延宝元年(1673)に没した片桐石州が残した茶道具の箱書付に「オリへ」のものが多く残されている。

古織部水車文沓茶碗

SKU: 0045
¥500,000価格
数量
  • 時代        桃山~江戸初期
    口径        13.3×11.5cm
    高さ        6.5cm
    高台径        5.5cm
    付属品        時代桐箱・縮緬仕覆・更紗包布
    その他        --

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