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桃山期慶長年間に瀬戸黒と同様、美濃の大窯(穴窯)で焼れた黒織部沓形茶碗である。

筒形の胴をほぼ三角形にしたすこぶる作振りの面しろい沓形茶碗で、口作りも三方を山形に大きくうねらせている。

また口縁下部に胴紐廻しをし、ごく低い巾狭の稜線を一周させている。


織部には筒形の茶碗は比較的少なく、中にあって本茶碗ほど破綻のない作振りのものは少なく貴重である。

一方高台は、やや小振りではあるが作ぶりのおもしろい趣きある高台に削り出されている。

 

器胴部は三方に白い掛け外しを残して黒釉を掛け、一方のかとう窓様の白地に石畳風の格子文様を施して華やかさ醸し出させている。

器全体に掛かった黒釉は良く溶けて柔らかく艶やかに焼き上がり、趣きの深い黒織部沓形茶碗となっている。

 

【参考】織部黒と黒織部

黒織部は、黒釉(長石釉に鬼板、マンガン、紅板などを入れて作る)を掛けるとき、窓と呼ばれる間をあけて、その部分に鉄絵具で絵や文様を描き、その上に長石釉または灰釉をかけて焼く。

 

織部黒または黒織部と呼ばれている茶碗のそのほとんどは、歪の強い沓茶碗で、古来古田織部正重然の好みに始まったと言われている。

その他にも、茶入、香合、水指などとあるが、何と言っても織部を代表する大胆かつ斬新なデザインには驚かされるところである。

黒織部は今なお数多く伝世しており、桃山の茶碗の中では唐津の茶碗とともに最も多く生産されたものであったと思われる。

 

沓形茶碗がいつ頃から始まったかは判然としないが、天正年間(1573~1591)後期には既に焼かれていたと思われ、量産されるようになったのは慶長年間(1596~1614)に入ってからで、恐らく元和年間(1615~1623)頃迄美濃の所々で盛んに焼かれていたものと思われる。

 

安土桃山時代といえども封建、閉鎖された社会で、かかる個性あふれ、自我のみなぎる力強い造形、加えるに西欧の抽象絵、幾何学文様を窓いっぱいに強烈に表現する自由の精神は、沓形の変形に極限にまで迫っている。

 

元和元年の「草人木」に(茶碗は年々に瀬戸より上りたる今焼のひずみたる也)とあるように、時代好みの茶碗として大いにもてはやされた盛況ぶりがうかがわれる。

 

なお、瀬戸黒と殆ど時期を同じくして穴窯で焼かれた織部黒や黒織部と少し下っては、そのほとんどが登り窯で焼かれるようになったと考えられている。

古黒織部花格子文沓茶碗「銘 烏帽子」

SKU: 0048
¥700,000価格
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